BBSの過去のlog 201〜250
***カッコ内の日付は、その年の路上演劇祭があった頃です***
1〜 (2000年10月〜)  51〜 101〜 151〜(01年4月) 201〜 251〜(02年6月)
301〜 351〜 401〜 451〜 501〜 551〜(03年5月) 601〜 651〜 701〜
751〜(04年5月) 801〜 851〜(05年5月) 901〜(06年5月・07年5月・08年5月)

なんか 投稿者:こーた  投稿日: 5月23日(木)14時17分39秒

URLがリンクされなかったので2の方(枠で囲ってある方)のURLをもう一度書きます。

http://rojo.tripod.co.jp/chirashi2.jpeg

です。よろしくお願いします。

ちらし2 投稿者:こーた  投稿日: 5月23日(木)14時09分58秒

成さんのご要望によりチラシにちょっと手を加えてみました。
全体に枠を加える
http://rojo.tripod.co.jp/chirashi2.jpeg
より僕はこちら
http://rojo.tripod.co.jp/chirasi3.jpeg
の方が好きです(紙で見るのとモニタで見るのでは違うのかもしれませんが)。
チラシを作っている特権で(そんなものがあるのか?)特に重要な指摘が無い限り成さんの好みより僕の好みが優先されます。ごめんなさい。全体に枠があった方が良いと言う意見が多数の場合は、そちらが優先されます。

人足ですね 投稿者:こーた  投稿日: 5月23日(木)13時29分11秒

時間によっては人足にはなれます(変な日本語)。月曜日は無理だけど(朝の7時からとかなら可能ですが…)。車の件がどうにかなったら調整しましょう。

いろいろ 投稿者:yukiko  投稿日: 5月23日(木)11時26分39秒

新聞記者については、私もいろいろ頭に来ていることがあります。
でも怒っていてもしょうがないので、「どうしてそうなの?」を探っているところです。
コネがあれば載っちゃうところも頭にくるでしょ(そのコネ使っているので、新聞関係者には見て欲しくないなあ、これ)
頭にくるとは思いますが、今度その時の事も詳しく聞きたいです。

車の話。
どこにもないのかなあ。
劇団バク(音響機材を貸してくれるところ)の車を借りることも検討してもいいけれど、車検が上がってなければずっと同じ車を借りるのは難しい。軽のバンに乗ったならハイエースクラスには乗るだろうけれど、劇団の荷物を降ろしたり乗せたりするのに人手が欲しい。
調整はつけてみましょうか?

世田谷FMで宣伝してくれるみたいです。そがわさんから連絡ありました。
うちでは受信できないので、できる人はチェックしてくれませんか?どんな内容か教えて欲しいなあ。

成さん、必要な音響機材のリストお願いします。
他に車がなかったら音響機材も私が運ぶことになるのかしら。
いずれにしてもお手伝いの方が欲しいです。

竹の切り出しとか、ちらし、ポスターはどうしますか?
誰か動いている方いますか?

(おまけ;メールアドレスが変わりましたがどっちでもいいです。)

ちらし 投稿者:こーた  投稿日: 5月23日(木)11時18分43秒

チラシ案をお知らせします。下記URLで見られます。

http://rojo.tripod.co.jp/chirashi2002.jpeg

何かご注文のある方は早めにお願いしますね。
できるなら、明日にでも印刷してしまいたいので。
印刷枚数は500枚くらいで大丈夫ですよね?

くるま 投稿者:こーた  投稿日: 5月23日(木)09時19分13秒

メールにてみなさんに送ったのですが、路上演劇祭の前後(というかまっただ中も)結構忙しいんです、私。で、テントの件、なんとかならないでしょうかね。
先に車ですよね。

いいニュースです 投稿者:tomio  投稿日: 5月23日(木)00時01分18秒

ずいぶん、早い、ですね。
今日、テントのことで、稲葉さんに連絡したのですが
言ってたのは、そのことだったのか…、今思い当たりました。
申請の下りるスピードは、ずいぶん速いです。うれしいです。

世田谷区の 投稿者:こーた  投稿日: 5月22日(水)22時18分08秒

後援申請がおりました。今日連絡がありました。
ちょっと、いい(?)ニュースでした。

ダメモト 投稿者:tomio  投稿日: 5月22日(水)13時48分22秒

ということであるならば、…
私は、やるのがいやなわけではないのですが
原因は
昨年、たんに、在京の全新聞社から無視されたので、怒っている
ということにすぎないのです。ほとんどの記者には会って話したにもかかわらずです。
これを書いていると、また、頭に来るので、もうやめますが

新聞掲載 投稿者:yukiko  投稿日: 5月22日(水)10時51分38秒

それだけがすべてではないのは分かっているのですが。
広い範囲の人に知ってもらいたいなあと思って。
そういう意味でプレスリリースを今年もやりませんか?駄目もと?
ちらしやポスターはどうしましょうねえ。

新聞掲載について 投稿者:tomio  投稿日: 5月21日(火)18時18分32秒

榎本さん
ご苦労様、新聞に載ればいいけど、ムリに載せなくても、必要な観客は
そこにいる、と、言える面もありますし、
新聞については、ゆっくり、行きましょうよ

手伝います 投稿者:yukiko  投稿日: 5月20日(月)17時22分27秒

ちらし、ポスター関係。
連絡ください。
新聞掲載はきついかも...。はあ。

掲示期間があって 投稿者:tomio  投稿日: 5月20日(月)14時58分37秒

区の掲示板には、最大で、たしか10日か、1週間が、掲示可能期間です。

作業に人手を募ります 投稿者:tomio  投稿日: 5月18日(土)08時25分00秒

区の掲示板、前回は、私ともう一人(高橋みゆきさん)とで、1時間半ぐらいで、北烏山、芦花公園あたりまで(南烏山はもちろん重点)の、区の掲示板、大体15から20箇所まわりました。
区の後援の正式許可がおりたら、早速行きたいと思いますが
何か、チラシやポスターのようなものをつくり、貼りたいと思います。
1 チラシ、ポスターづくり (これからいつでも)→ 5/30木曜日ぐらいまでに
2 掲示板の掲示許可を烏山支所にもらう(区の後援と掲示物ができないと、いけない)5/31金曜日ぐらいまでに、できたら。支所は土曜日もやってるのかな?
3 画鋲を買って、区の掲示板に貼って回る(許可印をもらわないと、できない)→ 6/1から6/3くらいの間に、やる人の都合にあわせて…

これらの作業にボランティアを募ります。

実行委員会02.05.17 投稿者:くり  投稿日: 5月18日(土)00時27分15秒

5月17日(金)烏山区民センター三階にて実行委員会が開かれました。
今回は劇団星座等、新しい参加者も加わりました。

委員会の経過
当日の流れとしては写真展やフリーマーケットは全体を通して、
他の出し物は時間を区切って順番に。ということで。
司会はなし。
9時頃から仕込みを始め、11時頃開始。7時終了して、その後撤収。

参加見込み団体(個人も)
1.烏山HWS
2.ばらばら
3.劇団星座→13時以降希望(15〜20分位か?)
4.ルービ・ジョイ→3時過ぎを希望 駐車希望
5.ファーム→3時位を希望 (40分位)
6.チマターズ→今回は手伝い参加
7.池田セサルさん
8.クレインリバー→今回は手伝い参加(榎本さんは実行委員)
9.里見のぞみさん
12.浜松全芸人
11.ラップマム
12.三木あきこさん
13.トスカさん
14.アベルさん
15.いつもの仲間→午前中を希望。

その他写真の山本さん、フリマ、模擬店をらくだ等、数件が予定。

PAの能力
アンプ スピーカー マイク(有線)ミキサー(8ch?)MD。
各自の器材をつなげるのも可能。

予算
どんぶり勘定で7万2千円くらい。
テントの輸送の方法等で多少変化。(高くても10万以下)
参加者で分担して負担。清算はイベント終了時。
フリマ、模擬店には粗利の2割を収めてもらう。
カンパ箱を置く。
各出し物への投げ銭は各団体に任せる。

その他
宣伝をもっとしよう。
パレード、新聞社、コミュニティFM、商店街、区の掲示板(後援をとる)
演劇だけでなく、フリマ、模擬店をもっと前面にだし、一般客の興味を引こう。

抜けているところがありましたら補足願います。

よろしくお願いします 投稿者:yukiko  投稿日: 5月 9日(木)13時14分17秒

榎本です。
お手伝いをすることになりました。
新聞社の件は(といっても、朝日と毎日の二社だけなのですが)まだあぽがとれていません。皆さんはどこかつてがありませんか?

区役所にいってきました 投稿者:tomio  投稿日: 5月 8日(水)20時05分01秒

今日、午前10時に、世田谷区役所の文化国際課に行ってまいりました。
榎本さんも一緒に行ってくれました。
世田谷区の後援申請書をもらいました。昨年と同様の趣旨でお願いしました。
申請を出すと、やく10日ぐらいで、後援名義使用の許可がおります。
チラシをつくるのでしたら、その原稿をあらかじめ送らないといけません。
いちおう、テントのことも具体的になったらお願いできるように、してきました。
みなさん、次回は5月17日金曜日 午後7時30分です。

次の実行委員会 投稿者:tomio  投稿日: 4月21日(日)00時01分51秒

5月17日金曜日 場所は烏山区民センター3階の会議室です。7時半より

実行委員会 投稿者:tomio  投稿日: 4月21日(日)00時00分05秒

4/19に実行委員会が行なわれました。
参加者
成沢 菅原 すずき 栗山 竹中 石川 下川 猪ヶ倉さん榎本さんをはじめとするクレインリバーの皆さん(つるき 奥本 堀井ゆうすけ) 黄さん セサル池田さん

参加したいひとは、参加申し込みに、どんなことをやるのか、どのくらいやるのか、音響は必要か
とか、を記入して、すずきこーた宛に提出してください。
雨でもやる。
路上写真展をやる橋本さんや、ダンスをという橋本さんたちも、話題に上りました。
浜松からは、来るということですが、どうなっているのかなー、とも
予算案を出しました。多分今年は、20万円以下程度になりそうということだけ、なんとなく
了解事項です。
音については、榎本さんの知り合いに聞いてもらうことに…なっています。
雨対策は、各自やるということですね。どんなことになるか、それぞれ工夫の見せ所かもしれませんが…
では、みんな来てくださいね。6月9日日曜日、千歳烏山駅前、区民センター前広場、昼間です。

実行委員会の日程 投稿者:tomio  投稿日:03月25日(月)22時31分14秒

4/19金 午後7時30分 烏山区民センター第2会議室 企画案と予算
5/17金 午後7時30分 場所未定          参加集約 準備事項とその処置
6/7 金 午後7時30分 場所未定          事前の確認
6/9 日 当日

01年11月23日その2 投稿者:tomio  投稿日:03月09日(土)19時21分32秒

 酒に酔ったらしい男が寝ている。上方から響くような女の声で、彼はホセと呼ばれる。そこへヘスが黒いタイツの上に女物の衣装を着て現われる。女が男を誘う、豹変して男を殴る。ヘスはどうも、男にとっての外部、あるいは夢・幻影などを担う役らしい。男は最後に軍に殺される。実際の共産主義者の生涯を題材にした劇。社会のある種の抑圧システムをシンプルに描いている。少々図式的という気もするが短いショーケースだから、ある程度省略があったかも。
 終了後、みゆきとトモコでショーケースと講演の感想を生徒にインタビュー、ビデオに記録されているはず。ちょっと優等生タイプの子だったな。学校の食堂で彼らアリバデノルテのみんなと一緒に食事、アルマンドからディレクションしてくれといわれた。私は彼らを路上演劇祭に招待したいといった。でも、この話しはあと少し積み重ねがなければ現実にはならない。
 デレゲシォンに戻り、セサールからミニパンフレット状に印刷されたワークショップの進行表をもらう。うれしい。割とカッコよくメキシコの形式にのっとって小気味よくまとめられている。
 3時10分前にラ・コムーナに到着。アレックスにまずパンフを渡す。アレックスには昨日、自分は5時まで英語をここで教えていて出られない。もっと早くこれないかと言われていた。モニカに沢山渡す。「あの百面相」から次には「Hola」「Si」と続いて、子供達は恥ずかしがりながらよくついてきてくれた。やっぱり、カラダを動かした方が楽しくなる。「なにやってんですか」はわりとうまくゆく。次のプログラムでは私の説明がうまく伝わらなかったので、「いなくなってください」「どうして」というやりとりに変わってしまった。それでも、楽しんでいるから、いい。次の「四人の登場人物」では、男がでてきてシンナーを吸っている。そこへもう一人、さらにもう一人、しかしアレックスは何もしない。ルールの違いに気づいて、彼は火事にして、終わる。もうひとつは思い出せない。小さなバルバラとセサールの即興、バルバラはセサールが決めた終わり方に満足していない。小さな子だったけど、本当に大きい、普通のメキシコ人の中でも背の高いセサールに腹立てていた。
 大きな紙に載せて、様々な路を書き入れられた昨日のBig mapを広げて、そこから物語を読み、劇のストーリーを作り出す。一つ目は、大人たちのチーム。この日だけ参加したコンパックに勤めている人とその親戚の女性、それにセサールの組。女性が営業する薬局に男が訪ねてくる。物を買っているとそこへ、セサールが来る。セサールはいきなりピストルを出し、金をよこせと警告する。彼は、金を巻き上げてしまうが、そこへパトカーの音が聞えてくる。セサールは逃げ出す。泥棒役のセサールが登場するまでは普段どおりの買物光景。このチームはほとんど相談だけで劇をやりおおせる。すぐにできてしまう。こういうシーンを作るときには日本では、もう少しああだこうだと話したりして、なかなか決まらないし、稽古が必要なことがおおいけど、彼らはちょっとした打ち合わせで、なんなく劇をつくってしまう。
 二つ目は交通事故。ロドリゴたち少年達のチーム。なんだか、ふざけあっているのと演じているのが半々。てれているのだろう。でも、ロドリーゴの車はスピード感があった。これも、救急車が来て倒れた人を運んで終わる。三つ目は女の子達、これは普段やっているサッカーをそのまま、そこでやっているという劇なのかな、ほんとに遊んでいるのかなと思わせるようなものでした。しかし、出てきている素材はともかく彼らの現実の一部であった。劇というのが、人前で何かやるということで、そんなに緊張しなくてもいいということは、伝わった。とりあえず楽しそうだったし、始まりはこんな感じでいいと思った。でも、私たちはもう、この日で終わりだ。
 終了後モニカにインタビュー。ラ・コムーナの仕事について質問する。
帰りはデレゲシオンに向かう、三日目になり見なれた町を通過していると、ふと、夕日に輝く街であることに気づく。車中でセサールの通訳や仕事をねぎらっていると彼は、私は日本語も理解できるとワークショップの終わった解放感の中で冗談を飛ばす。
 帰るとダントンが料理を作っていた。グラシエラは疲れている。家にこれだけ、人がいるのだから無理もない。私は10時に寝る。その後ギジェルモが帰ってきて、テンプラパーティは、2時に変更になる。のぞみは12時に来ることになった。トモコが計画していたティオティワカン行きは中止。

01年11月23日その1 投稿者:tomio  投稿日:03月09日(土)19時18分57秒

11月23日(金曜日)
朝、麻美さんという女性がブラディの友人ルイスに連れられてきた。ずっと日本語話していないので話したかったらしい。富山県新湊市の出身、怪我をしてそのために長期滞在になっているらしい。
 今日はコンフェランスを工業高校でやるとのこと。それで9時半にルイスおじさんが迎えに来た。10時に準備ができるだろうといったら、又帰っていった。みゆきさんは前の晩12時まで居間のテーブルで翻訳をやっていて、私も黒テントの絵などを描いていた。でみゆきさんは、その後部屋に戻り4時半までやっていたとのこと。10時過ぎに、のぞみ、みゆき、こーた、ともこ、そして私とルイスおじさんは車に乗って、コータがワークショップをやっている高校に到着。ワークショップの始まる最初の日にみた階段席と舞台のある映写ホールにゆく。すでにモントレーのグループ、アルベルト、ヘス、アラーリとアラーリのお母さんが一所懸命で芝居の準備をしている。同時に大型テレビが舞台に置かれ、コンフェランスの支度も真っ最中。で、聞く人は生徒達。ということはつまり、コンフェランスというより講演会ですね、そういうことが、じわりじわりとわかってゆくことが多いです。
 11時になっても、なかなか始まらない。ギジェルモが直前になって英語―スペイン語の通訳を探していて11時20分に開始。最初はのぞみ、のぞみの通訳がまったく反対のことを通訳し始めていることに気づいて、のぞみは、突然スペイン語で話し始める、途中でまた英語になりスペイン語になりで大変だったな。2番目は私で、やや早口。一体理解しているのかどうかまったくわからない(あたりまえだよ日本語なんだから)人たちに向かって日本語を話す。みゆきの通訳のお蔭で伝わっているようだが…。あとで年老いた人から英語でないところがいいといわれた。内容としては、演劇と社会の関係、その中で取った選択、テント劇場。地域での演劇ワークショップの展開を紹介した。こーたは、静かに自分の活動を語っていた、なにしろワークショップであっている生徒がじっと聞いていてくれる。
 このあと、モントレーのグループ「アリバ・デ・ノルテ」のショーケースを見る。

インドの路上演劇その2 投稿者:うがむら  投稿日:03月03日(日)21時38分35秒

1ヶ月前に放映された番組のもう少し詳しい(?)内容について。
スラムでの深刻な児童虐待に対して、当の子ども達が演劇によって自らの叫びを表現する。それを主催しているのはNGOの団体で、あちこちのスラムに出かけていって、街角というか広場で劇を上演する。ストーリーは、兄たちから暴力を受け虐げられる妹が主人公で、彼女が道で倒れているところを通りかかった人が救済ホットライン(たしかこのNGO団体)に連絡、助かるという内容だったり、虐待を受けてきた女の子が亡くなり、友達(だったかな)が悲しみの叫びを表現する内容だったり。現実にありうる物語を上演している。番組は、劇の主役を演じる女の子と、ホットラインに電話する役の女の子の2人にスポットをあてていた。特にホットライン役の子は、なかなか台詞がうまく言えず練習中も本番も苦労する。この子の役はとても重要で、ホットラインの電話番号を観客に伝えるという意味を持つ。そしてこの子はかつて自分も虐待を受け保護された過去があった。ちなみに劇に参加している子は男の子も女の子もいるが、必ずしも全員虐待の過去があるわけではなく、趣旨に賛同しての参加らしい。劇団があるスラムに赴くと、まず楽器を鳴らしながら歩き回って劇の上演を知らせる。広場に大勢の老若男女が集まってきて、劇が始まる。子ども達はとても真剣な表情で観ている。大人の女性達は涙を浮かべている人も。圧倒的に加害者の立場である男性達は、うつむく人、顔を手でおおっている人と様々。劇を通して、子ども達の心の叫びを観客に伝える、伝えることで自らを癒す、そして虐待を受ける他の子ども達へメッセージを伝えるという内容でした。
娯楽としての演劇もいいけれど・・・。演劇の持つ力について考えさせられました。
あと、貧困が故の暴力。それに、インドの女性虐待の本を昔読んだことも思い出しました。「焼かれた花嫁」というすごい題名だった・・・。

みゆきさん、こんなおおざっぱな内容の紹介でごめんなさい。文は長くなってしまったけれど。

路上演劇祭実行委員会を開催します 投稿者:tomio  投稿日:03月03日(日)10時07分44秒

3月24日(日曜日)午後6時
烏山区民センター3階会議室(予定、現在確保中)にて
02路上演劇祭Japan第一回実行委員会を開催します。
今年の6月9日(日曜日)に千歳烏山の駅前広場にて、路上演劇祭をやろうと思っています。まだナニをドウするか、まったく白紙に近いところからスタートです。どなたでも、興味があったらおいで下さい。

01年11月22日(木曜日)その2 投稿者:tomio  投稿日:03月03日(日)09時56分39秒

それぞれが描いた絵地図を大きな一枚の紙に載せ、それぞれの関係をつけていく。この時に、中心にラ・コムーナを置いてそこに至る路をそれぞれに作ってもらう。ほんとは、時間すなわち人生行路のようなことを描きこんでもらうのだけど今日はほんとに空間的な道が即物的につくられていった。Historyがstoryに聞こえてしまったようだし、まあいいか。どのようにここラコムーナに至るかを、みんなに、日本からきたトモコや国境沿いから来たセサールを交えて、説明してもらって、明日はこれを元に劇をつくりますといって終了。
 とりあえず…、でも何か伝えきれていない、何かストレスが残る。
 帰りがけに、トモコはラ・コムーナの周囲の写真やらビデオをいっぱいとっている。はやく帰りたい私や、車が気になっているセーサル、とくに今日はここでは彼の服装は浮いている。セサールに2度程「危険だ」といわれたので「早く。車にのるぞ!」といった。そしたらトモコは表情を隠して真っ白になってしまった。困った。帰りには車の中で押し黙ったままのトモコと、なんのことやらさっぱり事態がわかっていないセサールが、デタラメ英語フランス語スペイン語取り混ぜておしゃべりしながら珍妙な道中でした。ところでトモコのことでいえば1日目の私の英語がまるでデタラメというかひどいので、これなら私のほうがと、相対的に自信をもったらしい。翌日からどんどん英語交えていろいろな人と交渉を始めたのだ。これはみゆきさんとも同意見。
 帰りはギジェルモのデレゲシオンへ直行。そこでセサールと翌日の打ち合わせ。翌日モニカたちにワークショップの進行表をスペイン語で表記したものを渡してくれとたのんだ。こうでもしないと、私としては一体なんのために来たのかよくわからなくなる。でも、セサールは疲れている模様。コータと二人でアクションを交えてゲームの説明。
 ギジェの家に帰ってからソル(ビール)を買いに交差点まで行く。10本ぐらい。
 明日のコンフェランスのための原稿を書く、本当はもっと早く書かなければいけなかったのだけど、ついに前日になってしまった。みゆきさんには、すまない。彼女は翻訳のため今晩徹夜。

01年11月22日(木曜日) 投稿者:tomio  投稿日:03月03日(日)09時54分15秒

11月22日(木曜日)
 朝、明日の講演のこともあるので、ギジェルモに今晩、持ってきた浜松と東京の路上記録のビデオを見ようと話す。
 たぶん、この日に日本食材料屋を探して、ひたすら南へ、みゆきと歩いた。
 セサールは何やらレセプションのようなものがあるらしく、背広ネクタイ。セサールの(日本の車に比べてオンボロな)ワーゲンで、コムーナへ。車にはハンドルに鍵つきのシンバリ棒、こうでもしないと、すぐ盗まれるということ。ワーゲンがよく走っているのは、とにかく修理が簡単だからということだ。高度な技術が、例えば電子制御などがなくても車は走る。民間の技術レベルこのことは、ずっと気になっている。遅れているということでなくそれで十分やっていける技術がちゃんと、下々にあって、それが上部の知識階級の欧米風管理技術と接合している社会だなと、それがメキシコシティなのだなと思う。3時前にラ・コムーナ到着。
 今日は、「絵を書くよ」といっておいたのに、絵の好きなアルフォンソもアルトゥーロもこなかった。代わりにというわけではないが、フットボールをやっているという女の子達三人組が加わる。みゆきさんが誘ってくれたのかもしれない。みゆきさんはぼくがワークショップをやっている間、近くに興味深そうに寄ってくる子たちと何かお話をしていることが多い。子供たちはみゆきさんと話すのがとてもたのしそう。だって「外人」だよな、彼らから見たら。
 昨日に続いてロドリゴ、ロドリゴよりもさらに小さな少年たち(一年生くらいかな)ラルフ、トーニョ、そしてフットボール(サッカー)少女たち3人、それにボランティアのブライとここの担当のモニカ、全部で7人くらい。タコ八イカ十をやったあと、「子供の頃の遊びの絵地図」みんなにどんな遊びをしていたか、その周りの環境も含めて絵と地図を描いてもらう。当初15〜20歳といわれていた参加者情報なのだが、ほとんど小学1年生か2年生くらいなので、彼らには現在の遊びを描いてもらう。今日のコムーナの唯一の大人というか青年であるブライとモニカには、子供時代のものを描いてもらう。通訳のセサールやトモコにも参加してもらう。モニカは家と路、そこに大きな犬の影。犬に追いかけられているところ。ブライはおじいさんのところが好きだった、遊び場のあるその町を描く。セサールは子供の頃一人でフットボール(サッカー)を雨の中やっている、一人立っている男の子を描く。そこの町はアメリカ国境に近く、巨大なキリスト像が立っていることで有名らしい。世界で2番目、一番はリオだといっていた。この中でも小さくて、小太りラルフは自分では仲間にいれてもらえないフットボールの絵を描く。トーニョは車で父親とドライブする絵、彼の父はパン屋さん。ロドリゴは兄の車と自分と父が乗っている車を描く、二つの車は競争している。彼の乗っている方が勝ったらしい。(つづく)

なんと! 投稿者:こーた  投稿日:02月22日(金)16時27分31秒

路上演劇祭Japanのサイトをアップしました!
我ながらよくやるとは思いつつも、3/1の「メキシコ報告会」で今年の実行委員を募集するので、頑張っちゃいました。
ついでに「烏山ヒストリWS」の募集も始めましたが、あんな感じでよいですかね…?
皆さんの御意見をお待ちしております。
BBSに書くのはちょっと…、と思っている方はメールにてお待ちしております。

路上演劇祭の「下地」が育ちつつあります。 投稿者:tomoko  投稿日:02月15日(金)18時47分07秒

最近、カウンターがいつもにまして、増えていますね。いろんな方が見ておられるのでしょうか。
先日は、浜松に住んでいる方から成沢さんに「浜松でやっているとは知らなかった。ぜひ詳細をきかせてほしい。」との問合せがあったそうですね。いろんな方とつあんがれるホームページの力を感じました。

さて、浜松の「砂山全芸人」(すなやまぜんげいにん)その後の様子です。
12月16日に、滝沢ののぞみさんのおうちで集まって以来、それぞれがそれぞれのことをしていて、しばらく間があいていました。
10月から、本当に毎週集っては、中身のこい時間をすごしていたのでその反動、というより、一緒につくりあげたものを、それぞれがちょっと距離をおいて消化する時間だったのではないかなあ、と思っています。
急激に親しくなった人、理解しあえた人とは、少し距離をおきたくなる時期ってありませんか?私はあります。きっとそういう必要な時期だったんじゃないかなあ。そして、また自然発生的に始まると。そろそろ、始まりそうですよ。

1月はじめに「新年ぎょうざ三昧の集い」を持ちました。
メンバーの中には、大きな悲しみを乗り越えたばかりの仲間もいました。馬鹿な話で、大笑いできる仲間がいることが、とてもあったかい感じがしました。

2月15日、今日これから、ひさびさに集ります。「烏山の路上演劇祭に、参加したいね。またぼくらで、やりたいね。・・・やっちゃう?」そんな声を実現させる一歩になりそうです。私は6月9日、ぜひ一緒に路上演劇祭をつくる仲間として関わりたいです。(梅雨が心配とはいえ、少し日程が延びたことで、余裕ができてありがたかったです。)
また、先日、SUACの学生さん(モイセスのワークショップ参加者)に、「モイセスをよんでまたワークショップと路上公演、ぜひ実現させたいよね!!」という話をしたら、喜んで抱きついてきて「そうだよ、やろうよ!!」と誓い合ったのでした。

「路上演劇祭はなんだったんだろう」それは、時間が経った今だからこそ、言葉にできること、わかりあえることがあると思います。多様なメッセージを盛り込んだすばらしいイベント(および、ワークショップや準備のプロセス)だったと思うので、前回のことをいいきっかけとして、次はまた違う形で、やりたいと思う人たちで担っていけるといいなと思います。
そして、その下地は少しずつ育っていると感じます。・・・よし!!



そんなわけで、またみんなの様子を、お知らせしたいと思います。

インドの路上演劇 投稿者:うがむら  投稿日:02月04日(月)01時13分51秒

日曜日昼のNHK「アジア人間街道」をたまたま観ていたら、インドのデリーで子ども達が路上演劇を行うという内容でした。様々な児童虐待が深刻化しているスラムの子ども達が、NGOを通して自分たちの叫びを表現する。あちこちのスラムで路上演劇を行うことで多くの人々(子ども達)に自分たちのメッセージを伝えられることと、かつて自分が受けていた虐待を演劇の力で癒していくというものでした。昨年に参加させてもらいましたが、この番組を観て、あらためて演じる自分たちのメッセージについて考えさせられました。
報告会は、楽しみにしています。

メキシコ報告会 投稿者:こーた  投稿日:02月01日(金)21時05分07秒

メキシコでの報告会の日程が決定しました。

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すずきこーた、成沢富雄、里見のぞみら(他2名)がメキシコに招かれて昨年11月にワークショップをやってまいりました。
WSで感じたこと、メキシコシティで感じたこと、出会ったパフォーマー達について感じたこと、
それらの経験を、日本にいてオルタナティブな演劇に興味のある人達と共有したいと思い、報告会を開きます。
写真、ビデオなど共に報告をし、その後ディスカッション、さらに今年6月に行われる「路上演劇祭Japan」についてのお誘いもあります。
ぜひ、お上、御参加下さい。
日時:3/1(金) 19:00〜
場所:烏山区民センター3F 第4会議室(京王線千歳烏山下車徒歩1分)
参加費:300円
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皆様、是非御参加下さいね。
ちなみに明日の土曜日、今年度の烏山ヒストリWSの準備活動が行われます。
こちらの方も良かったら来て下さい。

2222 投稿者:simokawa  投稿日:01月16日(水)16時22分11秒

そこの、カウンターの数字が「2222」でした。
以前、路上演劇祭は終わったし、この掲示板も終わるのだろうと、
変なかきこみをしてしまいました。ごめんなさい。
今年も、路上演劇祭は、あるのですね。

あんこう鍋 投稿者:tomoko  投稿日:12月31日(月)19時06分14秒

12月28日は、あんこう鍋&セルベッサ&ビデオの集いでおもしろかったです。Mexico報告会の話も、なんとなくできました。
●Mexico報告会の日程について
東京 第1候補・・・3月1日(金)夜19時〜21時くらい。場所は世田谷の公共施設。
浜松 未定。「2・3・4月の日曜の昼間にやりたい。」ということは決まり。場所は公民館など。
●路上演劇祭(烏山)の日程について
5月12日(日)はすでに先約あり。で、6月9日(日)にほぼ決まりだそうです。詳細は成沢さん、こーたさんへ。
みなさま、よいお年を!! 2002年もすばらしい年になりますように!!

Mexico 再会の集い 投稿者:tomoko  投稿日:12月25日(火)11時25分03秒

●年末年始に一度集まろう!! について
年内ならば28日(金)の昼間か夜、年明けならば1月4日(金)という案がでています。ひとまず、伊豆田、みゆきさん、こーたさん、とみーおは、28日の昼間から夜にかけてOKです。場所は、こーたさんちか、「民宿みゆき」(横浜のみゆきさんの家)です。

●Mexico報告会について
ビデオ報告会は、できれば東京・浜松の両方でできたらすばらしいですね。規模は大きくなくとも、内容はきちんと整理して、充実させて!!「話きかせてね」という声が、浜松でもあります。
浜松だったら、滝沢ののぞみさんち、という可能性大。話の進め方次第では、SUAC(静岡文化芸術大学/浜松のワークショップの会場を無料で提供してくださった)という手もあるかもしれませんが。少なくともこーたさんは、3月いっぱいまで土日が埋まっているのそうなので、浜松でやるのは、焦らず4月でもいいかもしれませんね。そうすれば、「ぜひ見てもらいたいなあ」という方たちにも、声をかけられるかもしれないですからね。例えば、学校の先生とか、多文化共生の関係の方たちとか、いろいろ。

ビデオ報告会をもし本当にやるのなら、Mexicoに行った人たち、および路上演劇祭に関わった方たちで、事前に何回か集まってもいいのかな、と思いますが、いかがでしょうか?ビデオを見ながら、言い合えることもあると思うし。ひとまず、進捗状況でした。

砂山全芸人・滝沢忘年会 (長文) 投稿者:tomoko  投稿日:12月19日(水)20時58分55秒


12月16日の日曜日、砂山全芸人(すなやまぜんげいにん)の再会の集い(忘年会)を、滝沢ののぞみさんのおうちでやりました。みんなで集まるのは、11月4日の静岡文化芸術大学での公演のあとの打ち上げ以来でした。
のぞみさんは、ギジェルモがくれた 赤い上着を着ていました。もっちゃんも、みんな元気でした。

砂山全芸人の一人(名付け親)、エミリオが、毎回好評の 特性・ブラジル風バーベキューのお肉を今日も仕込んでおいてくれました。絶品です。びっくりしますよ。

今回は、「キャッサバ」という、なんともいえないとろみのある 濃厚な味の おイモを煮込んだ 特性スープもありました。中南米では、よくこのおイモをたべるそうです。そういえば地理の教科書にそう書いてあったなあ、となつかしむ人もいました。バナナとさつまいもの中間のような食感で、体があったまるスープでした。

栗田さんは、家族できてくださいました。お子さんだけでなく、奥さんも楽しんでくださっていて嬉しかったです。
メンバー全員がそろった勢いで、第2回目の公演in滝沢をやってしまいました(笑)

セリフも展開も、自分たちで模索しながら作ったということもあって、1ヶ月以上経っていたにも関わらず、体がおぼえているものだなあ、というのが感想でした。

オーバーリアクションでね!!と、再三言われ、何度も練習したシーンがありました。
それは、ようやく収穫できたコーヒーをお金に換えにいったら、ほんのわずかで「えー!? これだけ!?」というシーンです。
初めは半年ブラジルで働いて、錦を飾って日本に帰るんだ!と意気揚揚と日本からやってきた人たち。けれどそこで待っていたのは、奴隷制度が廃止されて人手不足に悩むブラジルのコーヒー農園での過酷な労働。働いても働いても、日用品と交換して残りはわずかなお金にしかならなくて、これじゃかえれない、こんなはずじゃなかった!! という気持ちに入り込んでしまったシーンでした。

「オーバーリアクションで!!」 その言葉どおり、その日も勢いよく演技をしてしまった私は、そこが室内だということを忘れ、のぞみさんの家の裸電球を割ってしまったのでした(笑) 一部始終をビデオカメラが・・・。ごめんなさいね。

今後もこのテーマで、もう少し深めていきたいなあ、という気持ちを、メンバー全員がもっています。別の立場の人にも話をきいてみたりしながら。日常の中で、それはできると思います。日常がちょっと変わった。人との関わりも変わった。出会ったテーマや、関わった人との関係が、他人事じゃなくなっちゃう。自分のことになってしまう。もどかしい思いも、普段言葉にできないことも、引き出されたり、わかちあえたり、共感できたり。なにより、おもしろいなあ。・・・それが、演劇ワークショップのおもしろみだと思いました。今年の4月に路上演劇祭にであって、砂山の取材劇を体験して、いつしか仲間になってしまった人との関わりを通して、今でも感じていることです。

年明けからまた、少しずつ集まって、また何かが始まるな、きっと。
春に、またどこかでやってみたい。ひとまず、烏山には行くしかないですかね。
これを読んでいる方にも、いづれお目にかかることでしょう、きっと、遠くない未来に・・・

年明けには、メキシコ報告会(withビデオ)をやりたいです。報告会は、絶対やろう、という話になっていますので、お楽しみに。では!!

11月21日続き 投稿者:tomio  投稿日:12月14日(金)09時58分19秒

この日はコミュニケーションゲームとシェイプとスペース。「大漁だー」をやると近所にいた子供たちも何やってんだと、集まってくる。でも、参加はしない。笑ってみている。もちろん、手を握って捕まえると一緒にやってくれる。ロドリーゴは最初に私につかまった。このゲームのコツはすぐ伝わる。動きながら、やっているからだ。途中で鬼が分かれて、さかなを捕まえていく、ということも即座に了解された。そうやって遊んだ後、彼らはまた離れてみている。ある意味で強制させているものは何もない。こういうときには次々とゲームをやって引きずり込んでいくのも一つの方法、だが言葉の問題もありそれはできない。それに引きずり込んでも、引きずりこむ力がなくなったら、それはおしまいでそれだけでは何も変わらない。離婚ゲームをやったのだけど、鬼がかわってゆく、ということが伝えられなくて、私がやって見せた後では、ただセサルさんが指示するだけになってしまった。うーん…。
 ゲームのあと休憩する。アルフォンソたちはこれから学校があるといってでていった。学校も二部授業のようになっているらしい。三四人いた少年たちはあらかた去ってしまった。ボランティアの青年たちに方法を伝えることにした。ボランティアの青年たちと少数の少年たちを相手にシェイプとスペースをおこなう。最後は「映画」をつくってもらった。ロドリーゴは動きが実に軽快で、最後までこのワークショップを愉しんでいるようだった。
次の日は、絵を書くと伝えて、終了する。人数が少ないので4時半には、終わっていた。
 夕方ギジェルモの家にみゆきさんやともちゃんと私が帰るとコータがいて、ワークショップ一日目が終わったので、みんななんだか一息入れたくなってビールを買いに行くことになった。ギジェルモのうちから南へ300メートルくらいかな、比較的大きなスーパーがあってそこでソルという銘柄のビールとテキーラ、カップめん、チーズなどを買って帰る。
ダントンが家にあるテキーラを出してくれて飲み比べ。スーパーで買ったテキーラもそんなにひどい値段ではないんだが、それでもギジェルモの家のテキーラはやっぱりまろやかであった。

なんか 投稿者:こーた  投稿日:12月13日(木)08時02分20秒

なんかメキシコ帰りのみんなが続々と書き込みしていてちょっと悔しい感じなので、書きます。
成さんほど細かくはないけど、僕も自分のワークショップのまとめはしました。
載せようかともあまりにも長文なためちょっとしり込み。
そのうちどっかに載せます。分割するとか、路上演劇祭のHPとか、自分のサイトとか…。

しっかし、東京は寒いですね。
昨日茂子さんと電話で久しぶりに話しました。「報告会をやって!」と言っていたので、
是非やりましょうね。

http://plaza15.mbn.or.jp/~kohta_navel/

もろもろ思ったこと (ちょっと長文) 投稿者:tomoko  投稿日:12月12日(水)19時35分08秒


ビデオのことを書いたなら、このことにも触れなくては、と思って、少し付け足します。

まず、私はビデオの素人です。しかしながら、路上演劇祭のような社会的なメッセージのある芸術活動、表現活動、つまり市民(民衆)活動そのものが、市民が自ら発信する「映像」によって(もちろん映像だけに頼るのではなく)ビジュアルに伝えられ、共感の輪が広がる、ということに、とても興味をもっています。現在の大きなマスメディア・情報戦略の流れに対抗するものではないけれど、一人一人が自分で「真実」を確かめ、わかりやすく伝え、響き合うことで、他者の喜びや、生きにくさがあることを知る、「市民メディア」が育まれることが、地域が心豊かになることにつながる一つだと思っています。

特に最近は、「子どもの目から見た社会を子ども自身が発信していく」ことを通して、子どもたちの探究心や、自分や他人を尊重する気持ちを育くむ、自分の体験を自分だけのものにしないで、伝える・伝わる喜びを味わってほしい、いろんな思いをこめた「子どもプレス」という活動が始まったばかりで、(それは子どもだけでなくすべての人々に関連していくこと)共感してくださる教育の現場の先生たちと少しずつ動き出しています。

路上演劇祭の浜松のワークショップで「おもしろそうだから参加するよ」といってくれた方が、当日、「え!?ビデオ撮るの?! じゃあ帰るわ。」といって、本当に帰ってしまったことがありました。「責めるつもりはないけれど、主催する側としてはその辺り、どう考えているの?」という言葉を残して。彼は市民イベントの裏方をいくつも支えてきてくれた方で、きっと彼なりの考えがあったと思います。「ワークショップのような場は、ビデオで撮るものではない、のかもしれない」「でも、分かち合いたいという目的が明確にあれば…」そのとき、いろいろ考えさせられました。

メキシコの成沢さんのワークショップで、「ともちゃんも、一緒にやったら」と促されたこともありました。また、あまり裕福ではない地域にも関わらず、無防備に撮っていた時があって、そこに暮らす方への配慮が足りなかったなあ、という時もありました。
体験すること、それを伝えること、撮られる方への配慮。バランスが大切だと思いました。

モイセスのパフォーマンスがちゃんと撮れてて嬉しい、というのは、思い出として個人で楽しむ、だけでなく、他の人が見てもちゃんと見られるな、伝わるな、ということで嬉しかったのでした。

…なんて、いろいろ書いてしまいましたが、
気楽にビデオ、一緒に見ましょうね(*^−^*)
一緒に見られない方にも、貸し出せるようにできたら、いいなあ、と思っております。

モイセスの広場 投稿者:tomoko  投稿日:12月11日(火)19時38分08秒

寒くなりました。メキシコはあったかかったんだなあ。今更ながら。

さて、たくさん撮ったビデオ。メキシコの感覚がリアルに残っている間はなんとなく見る気にならなくて(ちゃんと撮れているのかな、という不安も多少あって) 最近ようやくみました。
おもしろかったです。

特にモイセスの広場でのパフォーマンスは、我ながらちゃんと撮れていて、嬉しかった。
好きなものを追いかけて、空間を切り取る。あの人に見せたいなあ、とか思いながら。それが気持ちよかった。
モイセスはさすが。弟も、赤鼻つけて飛び回っていた。見てる人も、ただ見てるだけじゃない。関わり方、楽しみ方をわかってる。自分も一緒に楽しさをつくることに参加してるんだ、って感じがした。

“メキシコでは、人間関係にたっぷり時間を使う。
なんか、生命とか生活とかが生でそこである感じ。そこにひきつけられる。“

のぞみさんの言葉に共感。
孤独を感じる必要はないんだよ。
ここにいていいんだよ、ってことを、いちいち確かめ合う。いちいち。いちいち。とても大切な。
虐げられた環境、歴史の中で、とにかくその時その時は笑って、存在を確かめ合って過ごそうよ、っていう、開き直った強さみたいなものも、陽気さの中に、勝手に感じた。

人は関わり合いたいもの。響きあいたいもの。かも。

11月21日水曜日 投稿者:tomio  投稿日:12月10日(月)16時20分08秒

11-21
7時半におきる。シャワーと洗濯。8時朝食、ギジェとグラシエラと一緒に。11時半に迎えが来る、といってギジェは仕事に。10時半にのぞみも来るそうだ。コータ、トモ子、みゆきとともに、デレゲシォンと文化センターへゆき、のぞみの水曜日に行う公演のための下見。みゆきは朝遅いと、グラシエラたちに思われている。それは彼女の作戦でもあるらしい。
 のぞみさんの劇場でやるショーケース、たとえば、ある女の時間軸にそった展開、たとえば幼児期、娘、女、中年、老婆が、部屋で過ごすことだけを、あらわすとか、なにか、そういったわかりやすさが、必要かなと…、そう、つまり劇場でやると聞くと私は考えてしまう。
 本日は、ワークショップの初日
のぞみさんは、1時から
 のぞみさんのワークショップの会場は、劇場の舞台、直前までなにやら、張り出しを作る作業を舞台上でやっていて、それをなにやら「いってあっただろ」というような形で引揚げてもらい、箒ではきながら場所をととのえ、開始する。人数は10人未満、アリーバ デ ノルテの俳優、二人も参加している。ともちゃんはビデオを回している。
 私たちはのぞみさんを残して、次の2時からのワークショップ会場、すなわちなんとかいう工業高校にむかう。工業高校といっても、医療看護、社会システム、などがあり、もちろん電気、機械という専門もあるらしいが、学校の中は白い上着と、白いズボンの女の子がたくさんいて、ちょっと日本とは違った雰囲気。コータが最初に案内されたのは講堂のようなところで、高い舞台に机といす、マイク。そして階段状のいす席。これではワークショップができないので場所を探してもらう、その間にもギジェルモから紹介されコータは、早くも生徒たちをとてもうまく捕まえて開始した。
 さて、コータを残して私たち(トミオ、ミユキ、トモコ、セサル、ギジェ、ルイス)は、車で少し南下し、右折して坂のある通りを登る。なんかいわれてみると裕福そうな町では絶対ない。そこを左におれて、ちょっといくとラ・コムーナはあった。ここでは3時から6時までの3時間。
 集まっていたのはスタッフのモニカさんと彼女の友達でもあり、ボランティア・スタッフでもあるレイモンドたち青年4人と、アレックス。アレックスはちょっとにんにくくさい。彼はあとでここで子供に英語を教えているということがわかる。
 子供たちは、アルトーロ、オスカルそして絵を書くのが好きで陽気なアルフォンソ、それに悲しげな目をしていた美しい少年。その少年はとても猜疑心をもって私たちを見ていた。たぶんすでに彼を屈折させるような何かが彼の上に起きたことを想像させる目だなと、私は思った。彼はちょっとゲームに参加したけどすぐに、取り巻きになって、そのうち消えてしまった。それにまだ小学4年生くらいかなと思われるロドリゴたち、だから全部合わせて10人から12人くらいだったかな。(つづく)

ただいま 投稿者:のぞみ  投稿日:12月03日(月)17時53分29秒

ともちゃんがすでに書いてくれましたが、1日、無事メキシコから
帰ってきました。みなさん、お疲れ様、そしてありがとう。
私は Fabienneという友人の家にとまったいたので、またみんなと
ちょっと違った 日々でした。
ただ ひたすらWSと自分の稽古とやって なんとか28日の青年劇場での
公演にこぎつけました。これは ひたすらこーた、みゆき、セサルの助けに
よって成立。ともちゃんが ヴィデオ記録してくれています。
メキシコで仕事をすることに 随分慣れたと思う反面、帰ってくると
やっぱりかなり ボーっとしてしまう。きょう車に乗って 随分
スピードを出してる自分に びっくり。メキシコで運転してたわけでないのに
深夜とばすルイスや暴走タクシーに乗ってた影響か。
WSをしたり ひとりで稽古してる時間 けっこういろいろ考えた。
民族、階層、貧困、時間。
メキシコでは 人間関係にたっぷり時間を使う。
なんか 生命とか生活(vida)が生でそこにある感じ。
そこに ひきつけられる。
12月、一度東京に行きます。記録のこともあるし。
報告会、しましょうよ。 
買ったもの。
ラッキー豆、男用5粒、女用5粒
シナモンの葉の巻いたもの 50センチ 2本
小さな銀の匙とペーパーナイフ
ハンモック、腕輪とちょうちょのブローチ、
頭が痛くなるくらい甘い ミルクが原料のお菓子、
買い物袋、靴2足(60ペソと120ペソ、皮製)
CD、メキシカンロック、「愛をとられた子ども」
路上子どもの写真がカバーになってて2年前から気になってた。
ウイチョル族の作るちいさなビーズの仮面、ぺヨーテのデザイン、
小さな骸骨の人形。

帰ってきました。 投稿者:tomoko  投稿日:12月02日(日)19時26分54秒

はじめてここに書き込むので、ちょっとどきどきしている、伊豆田朋子と申します。
はじめましての方のためにひとこと。浜松NPOネットワークセンター(愛称:N-Pocket/エヌポケット)で事務局スタッフをしています。路上演劇祭の時、成沢さんとこーたさんの砂山取材劇WSにに参加してそのおもしろさに触れ、その後「砂山全芸人」の演劇を、あれこれ模索しながら時にはぶつかりながら、つくって演じるにいたりました。おもしろい作業でした。(このことに関しては、のぞみさん、みゆきさんが書いてくださいました。また改めて思ったこととかお伝えしたいです。)

さて、昨日、無事のぞみさん・こーたさんと一緒にMexicoから帰ってきましたので、ひとまずごご報告します。こーたさんとはロスで別れて私たちは名古屋空港へ。テロの影響を受けて
のデルタ航空規模縮小のため、奇しくもロス〜名古屋の最後の直行便でした。

ひとことでは書ききれないくらい、本当にMexico、行ってよかったです。自分にとって、絶妙なタイミングでしたし、このメンバーに加わることができたことは、本当に大きかったです。
また、2週間にわたり、ギジェルモの家で生活させていただいて、深い部分で関わることができました。

ラテンの文化や、演劇や音楽などの表現方法の豊かさや原動力を、本質的に理解してみたくて、自分の身体で確かめたくて、だからMexicoに今行きたい、と思いました。また、ワークショップのような学びの場の可能性を知りたいと思いました。
そして実際、たくさんのことを得ることができました。Mexicoで出会った人々。様々な立場や考え方・表現方法の人。子どもたち。成沢さん、こーたさん、のぞみさん、みゆきさん、それぞれのすごさ(いろんな意味で)・おもしろさにも改めて触れました。
自分が見たこと感じたことを、もう少し味わってから、言葉にしたいと思います。

そうそう、たくさんの記録を撮りました。どーするんだ?っていうくらい(笑)
みなさんに見せられるようにしたいです。お楽しみに。

毎日、毎晩、中身の濃い日々でしたね。そして、セルベッサを飲まない日はなかったような…
 ひとまず、お疲れ様でした。また書きます。

11月20日火曜日 投稿者:tomio  投稿日:12月01日(土)18時39分17秒

11-20
 ソチミルコxochimilcoへ。ギジェルモさんに車にのせられて、コータ、みゆき、トモ子、トミオの4人は、昼前にソチミルコに出発。開いてしまった時間をなんとか穴埋めするギジェルモさんのはからいであります。車で1時間近く、メキシコシティの南にあたる郊外にソチミルコはある。何がって、教会の中に植物園があり、そこで野菜などが栽培されている?ということらしい。ソチミルコの市場は新鮮な野菜の匂いでいっぱいだった。駐車場に入る地下には、どうも町のストリートベンダーたちの屋台があり、その地下からの急な坂道を屋台を引いて彼らは屋台を運び上げている。
 それに、今日は革命記念日で、多分ソカロのあたりはパレードでいっぱいなはずだ。ここでも、どうもお祭り気分が充満している。
 車から降りて、市場へゆく。市場は野菜、肉、それにさまざまなトルティージャがいっぱいだ。あちこち一時間ほど歩き回り、とある屋台食堂でトルティージャをたべる。すぐわきの店から飲み物を注文し食べていると、反対側の肉を主体の屋台で、主人がなにかわめいている。言葉がわからないが、使いに行った少年に何か伝えているらしいけど、どうも自分のところだけ客がいないのにいらだっているようにも思える。彼はその妻と肉の下に紙を丸めて、台を作り肉を積み上げたようにして、何か液体を吹きかけて肉のつやを出し再び声を出し始めた。ようやく私たちが去る頃になって、店に一組アベックが入って行く。また、市場を抜けて帰ろうとする頃、トモチャンは買い物に一生懸命である店の上につるしてある黄色と青の繊維で編んだ手提げ籠を買い占めた。それになにやらトウモロコシの種を叔父さんから買っていた。なんでも種を頼まれたらしい。税関で通るのかちょっと話題になって、でも、ともかく買って帰る。途中で日本語を学んでいるという青年と会う、ギジェルモさんに連絡先を渡していたが、私は彼が通訳になってくれると一瞬思ったが、しかし、ともかくギジェの判断にまかせようと思った。
 帰りには、UNAMメキシコ自治大学によった。家に帰るとずいぶん疲れていて、私は10時前に寝る。翌日聞くとギジェも疲れていてすぐに寝てしまったようだ。

11月19日月曜日 投稿者:tomio  投稿日:12月01日(土)15時12分42秒

11-19
10:00にギジェと会う。今晩パーティがある、モントレーからグループが来る。彼は3時に戻ってくるとのことだ。
 どのように、彼らの活動領域に関わりをもつことができるのか…
昼頃から、空港に荷物をとりにゆくことになる。どうやら、ギジェルモにいわれたらしくルイスが迎えにきた。こーたと二人で、空港にまず昨日ついたカウンターにゆくと、インターナショナルの方に2時半ごろつくとのこと、インターナショナルへいって、パスポートと航空券を見せボディチェックされて、中に入る。昨日の金沢からの日本人もやはり、とりにきていた。
 ギィジェルモのデレゲシオンで私の通訳をやってくれるというセサールさんに会う、しかし英語とスペイン語の通訳なのだ。困ったけどそれでいくしかない。彼に、プログラムをFAXで送り、検討しようということに。
 夜に、パーティ、昼間会ったデレゲシオンのギジェの上司夫妻、それにモンテレーから2年前の1999年11月のプラサ・デ・トルサでご一緒した演劇グループ(あとで、正確な名前がわかる、Arriba el Norte いけー!北 とでもいうらしい)が来た。それにハチドリも。
 演劇グループの二人の若者とギジェの上司が、モントレーのコロンビアーヌたちのことで、何か意見を言い合っている。多分若者たち(一人はヘスという名)は、モントレーに出稼ぎに来ているコロンビア人のことを彼に話している。そして件の上司はその意見に対して、ある面では同意してるがその対策的な話になると違った意見を持っているようだ。体験の違いや現在立っている社会的な位置の違いから、どこかでもありそうな考えの違い、と見える。言葉がほとんどわからないので、ほんとは何を話していたのか、みゆきさんに聞いてみたいところだ。
 ひとしきり、食事も、話もすんで、モントレーの小太りの歯のかけている、しかし魅力的なアラーリのお母さんが歌を歌い出す。アルマンドのギターで。素敵な晩でありました。

11月18日 投稿者:tomio  投稿日:11月28日(水)23時51分05秒

11-18
19:25離陸 成田発デルタ便は、すいていた。ビジネスよりも、エコノミーのほうが、横に寝れてとくした。ロスで乗り換え予定のデルタ便が、またキャンセルになっていて、今度はエアロメヒコ便に乗ることになった。
前回の99年に、横浜美術館の木下さんから紹介されて会ったことのある美術家保住さんの知り合いらしい人たち、金沢美術工芸大の中川、他2名と一緒になる。
Hermasilloでmex行きに乗っている人も全員降機、モントレーに途中止まるとは、聞いていたが、エルマージョは聞いていない。ここでメキシコ入国手続き、そしてmontteryにより、mexicocityへ、全行程18時間ついたのは、夜10時。
ブラディが、ヒメナと一緒に迎えに来てくれた。しかし、預けた手荷物がない。
カウンターに問い合わせ、そこでは書類をつくってもらい、明日家に送ってもらうことにした。
11時に、ギジェのうちにつく。
みゆき、ともこから予定変更を聞かされる。
明日、あさってはワークショップはなし、だって
水曜日から金曜日までと、翌週の月・火がそうなるとのこと。
ワークショップの参加者も、こーたは工業高校の生徒。2時−4時。
成沢はラ・コムーナという貧しい地区の文化センターで、3時−6時 15歳から20歳の青年、周囲は薬と暴力が満ちているとのこと。
これなら、何のためにスケジュール調整したのか、わけがわからんことになるよ

ワークショップの中味は 投稿者:tomio  投稿日:11月18日(日)03時05分01秒

飛行機の中で、原案は、考えるものの、おそらく
中味については、現地についてから、決定となるでしょう。なにしろ、参加者の情報が、ないので
ともかく、いってまいります。報告しますので、よろしく。
成沢

演劇の場所 投稿者:tomio  投稿日:11月15日(木)19時44分30秒

社会の中で、演劇が、どんな働きをしたらいいか
あるいは、人と人のコミュニケーションにとって、身体的な身振り、声、そして抱いている気持ち
が、どのように作用するか
論理的な側面では、どのような判断のパターンを、持っていると、ある事態に対して、どのような解釈をするだろうか
などなど
そのような、ことに興味を基本的に、私は、持っています

ある人が、こうむっている事態を、他の人が、どのように、理解、共感するか
ということが、社会形成にとって、重要なのだけど、
実に、そのことを、お互いに、あまり上手なやり方ではなく、遂行している

私は、公演として存在する演劇には、最近、ほとんど、興味を失っています。
しかし、多くの人が集う場を成立させ、その中で、使われる演劇というものには、魅力があるとおもっています。

戦後、台本と演出がその演劇の方向性や思想性を決めてしまう、そういうシステムがおかしいということで
アングラといわれている、運動がありました。しかし、世間の人たちは相変わらず演劇というと、作家や演出がいないと、できないとおもっている。そうでない演劇は、本当の演劇ではないと、実は中途半端なセミプロやプロと自称している人たちも、おもっている

誰でも、使える、発想したり、考えることをあらわす、その楽しみを伝えてゆくことが、私にとっての、演劇の場所、といえるかな。

そのような

なぜ メキシコか 投稿者:のぞみ  投稿日:11月09日(金)14時44分33秒

メキシコに 何をしに行くのか、なぜ メキシコなのか。
これは なぜ路上演劇なのか、私はなぜ マイムなどと言うものをやっているのか
というのと同じ難しい質問だけど 考えてみる。
ひとつは 縁。路上演劇祭で集まった実行委員だって 縁でしょう。
私は メキシコと言う国でこういうことが行われているからぜひ関わりたいと
願っていたわけでなく、いきなり襟首をつかまれて ポンと渦中になげこまれた
と言う感じでした。で、見てきたことを いろんな人に伝えたかった。
まあ サイコドラマとかしってたけどなんか辛気くさい感じがしてた。
密室でおこなわれるものだし。メキシコで見た
路上でのこういう演劇は 私にとってほんとオルタナティブだった。
と同時に アートや表現と社会と言うことを 初めて考えるようになった。
路上子どもが演じる芝居、新宿むむむ団、砂山全芸人、みんな共通の魅力が
ある。これは いわゆる社会問題をテーマにした演劇というのと ぜんぜん
違う魅力なのである。なんだろう。自分を外側に、安全圏においてないということ?
自分は 演ずる側としてそこが一番 気になる。
路上で そう言う演劇をやるということが この日本の閉塞状況になにか
針の穴くらいあけられないかと思う。
微々たるもんだけど。  
なんか ぜんぜん答えになってないなあ。
考えの途中

メキシコ学習と十川さんの質問 投稿者:tomio  投稿日:11月08日(木)19時19分35秒

 最近、覚えたこと ejido エヒード 共有地って意味。メキシコの土地政策、ひいては最近のNAFTAによって、このエヒードが、再び危機に陥っている。あるいは、もう崩壊していると、聞くが。
18世紀初頭の独立以来、奴隷制度から賃労働に、その搾取形態がかわっただけで、荘園アシェンダの力が強くなり、インディオはその共同体を切り崩されてきて、今日に至っていると
 パンチョビリャ・サパタたちの農村を基盤とした民兵組織が、地方軍閥のような形で、革命前のメキシコの命運を握っていたこと
 1990年代シナロア州ピアクストラの保健健康プログラムは、村の保健状態だけでなく、土地政策エヒードともかかわり、農村の女性たちが荘園領主のような地主たちと戦い、自分たちの暮らしを向上させたこと

さて、私は、いったい、誰に、向かってワークショップをするのだろうか?
十川さんの質問の答えは、まだ探せない。つづく

旅立ち迫る! 投稿者:miyuki  投稿日:11月08日(木)15時25分02秒

 ところで、私たちの活動の目的(個人的な活動もふまえて)、何故何を目的にしてそんなことをしてるのか。究極の命題ですが、最も大切と思われることだし、それぞれ異なってもいると思うので、今一度お聞かせ下さい。日本の現状などもふまえながら。説明する機会が多いと思うし、私の勝手な解釈で微妙に違うことを言ってしまったらいけないので相互理解のためにも是非。ところで、11月4日の碧風祭、そして11月3日に見に行った愛明たちのマレーシアの芝居というかパフォーマンスに触発されたらしく、せさるさんがいい芝居のアイデアを思いついたようです。なかなか面白そう。せさるさんは5日月曜日はそのことで頭がいっぱいで、仕事が手に着かなかったらしい。ここにも芝居好きがまた一人いることをあらためて実感。さて皆さん、寒くなってきたので、風邪に気をつけて元気に旅立とうね。んじゃ。

いろいろ! 投稿者:miyuki  投稿日:11月06日(火)11時02分53秒

 碧風祭、楽しかったです!鈍行の割には、せさるさんと一緒だったせいか、あまり長く感じませんでした。いろいろなことを考えました。せさるさんも色々な意見を持っていました。表現とは?演劇とは?ビールなど飲みながら、深く話し合った帰り道でした。今度それを載せたいと思います。
 ところでこ〜たさん、16日なら行けそうです。ただ、のぞみさんとも話したのですが、すべてのワークショップがみんな同じ時間に始まってしまうので、あたしがどこか一つのワークショップにかかりっきりになると、全体の記録などをどうしようかという問題も出てきます。もちろんのぞみさんは、通訳を準備してくれるように要請してくれています。でも何が起こってもおかしくないメキシコのこと、いろんな状況を想定して準備万端にしていきたいと思います。あらゆるサポートをしようと思いますので、まあ心配しないでね。(と、自信たっぷりに、そして幾分いいかげんっぽくいうあたり、あたしもちょっとラテンっぽくなってきたと思う今日このごろ。せさるさんは違うけど。